貴方の袂

胸に残るは、彼との秘めやかな記憶――。
　
　
　

僕は、悪夢を見続けていた。神経が摩耗する程に。
いや、夢じゃないんだ。本当は、現実。
ただ、それを認めるのが嫌だった。
　
『どうした？』
こういう、苦しい時に限って、彼は現われる。
まるで、僕の苦しみを見透かしたみたいに。
そんなはずはない、僕はちゃんと隠してるのに。
『そんなことない。涼の気のせいだよ』
不自然にならないように笑顔を作る。
笑っていれば、誰も気付くことなんて、無いんだから。
『言えよ』
なおも食い下がる涼。
何でだろう？ やはり彼には分かってしまうのか。
『――言いなさい』
黙る僕に、涼が真顔で迫る。
まずい。涼……怒ってるみたい。
『ちょっと、悪夢を見るだけ、だよ』
少しだけ、話す。それ以上は話せない。
涼になら言ってしまいたい。けど。
『それだけじゃないだろう』
涼が僕を抱き締める。緩やかに頭が撫でられる。
僕がこれに弱いって知っていて。涼は、狡い。
『……あの男、が、あの男が、憎い……！』
言い出すと、涙が溢れ出した。
僕をただのお人形とでも思っている、父親面した、男。
僕の何もかもをぶち壊す、あの男なんて……！
涼は、黙って僕を優しく抱き留めてくれる。
父親のせいで男嫌いだけど、この腕の中は好きだった。
この腕の中では、素顔の僕になれるんだ。
　
『涼は、不思議な人だね』
泣き腫らした目で笑った僕に、涼は少しだけ苦笑した。
　
　
　
　
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小説を書けるぐらいの文章力が欲しい……！
さて、こちら、空鵺ちゃんの過去話でした。
恋人の前では素顔を見せ、僕っ子になるんです。
彼女の笑顔は実は何処か本心を隠している。
それに気付いたからこそ、涼は彼女にとって大きな存在、らしい。